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降伏文書調印時の服装 

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 5/28 DHCシアター「つつみかくさず」 加瀬英明氏 によると

 政府の代表(天皇の代表)として、重光葵とその随員は最高の礼装
 太田三郎(外務省)はモーニングが焼かれてしまったので白い夏服

 陸軍:梅津参謀総長:戦闘服・戦闘帽

 海軍:戦闘服・戦闘帽


天皇に敬意を表して最高の礼装。

軍人は相手をバカにして、戦闘服(=作業服)。


**********

 昭和七年の天長節を上海で迎えた重光葵は、国歌君が代を斉唱中、テロリストに爆弾を投げ込まれた。
 その時、重光は爆弾が投げられたのは分かっていたが、国歌斉唱中であったので動くのは不敬であると考え動かなかった。そして、右足を付け根から吹き飛ばされて失った。 

 加瀬俊一氏によると、降伏文書調印時、義足をつけていたので、縄梯子でミズーリ号に登るのも大変だったそうです。
 
 ミズーリ号は、嘉永六年(1853)、ペリー艦隊の旗艦であるサスケハナが投錨していた同じ地点に投錨していた。そして、その艦橋にはサスケハナが掲げていた同じ星条旗が掲げられていた。

 また、昭和十八年十一月、東条内閣の外務大臣であった重光は、大東亜会議を開催し「大東亜共同宣言」を発出している。 重光には、諸民族の共存共栄と人種差別撤廃を謳った「大東亜共同宣言」こそ、アジア・アフリカの有色人種を顧みない「大西洋憲章」に遙かに優るものであるとの強烈な自負があった。
 
 重光は、八月二十八日、伊勢に赴き、禊ぎをしてから、伊勢神宮に参拝し、一心に祈った。
 「我が国を造りましたる大神に 心をこめて我は祈りぬ」


**********


 重光葵大臣は『日本はアジアの諸民族を解放した』と言った。

 田中角栄首相も『日本の朝鮮統治によって朝鮮の民生は向上した』と言った。

 しかし、何の問題にもならなかった。当時の人達は当然のこととして聞いたからである。

 70年談話で、反省だの謝罪だの・・・。
 
 中曽根首相以来、負け続けてきた。中曽根首相が日本破壊をしかけた。それ以来本当の敗戦(精神的敗北)が始まった。

 マスコミの罪は限りなく大きい。一億総白痴化に完全に成功した。

 教育による以外に日本再生の道はない。教育とは学校教育のことではない。三つ子の魂、胎教。

 ところが、女性を働かせて日本人を奴隷化する計画。敗戦国は奴隷にされるのだ。抵抗しない日本人、優秀で勤勉な日本人は、万能の奴隷。



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