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明国の交渉術・・・秀吉をマル裸に  


インチキとの宥和は許さない!


 坂口安吾の 『狂人遺書』 からの引用のみですが。

 さて和議にかかったが、これからの二、三年というもの、オレはつくづく天地の宏大を知った。和議なぞというものは、オレの流儀なら早くて二、三日、長くても十日とはかからぬものときめていたが、唐の奴らはそうではない。半年、一年もすぎた後で使者がくる。実にうやうやしく多くの珍しい進物をもって使者がくるのだな。その使者がどういう使者かというと、明国で検討したあげく新しくこれこれのことを要求したいし、また日本のこれこれの要求には不満があるということを述べる。まるでもうオレの家来のように平伏して述べながら、言うてることはオレの要求をみんなくつがえしているのだ。それから半年とたったあとで、また同じような鄭重インギンな使者をさしむけてオレの要求をくつがえす。オレのほうでは今度こそ和平の使者かと思うていると、そうではなくて、またインギンにオレの要求を蹴る使者だ。日本軍は釜山に撤退しておったが糧食も充分ではなく非常に困っていたが、明軍五万も朝鮮にとどまりこれも糧食の輸送充分でなく日本軍に劣らず困っておるときいていたが、明国の方針では五万の将兵ぐらい朝鮮で餓死しても平気、目的は日本との条約にゆずらぬこと、そのためには五万の将兵が餓死するぐらい当然の代償というぐらいに扱っている様子、それがアリアリと見えているのだ。珍しい進物を捧げ、何十分も平伏してまるでオレを神様か天帝のようにインギンな様子をしてみせるものその流儀だ。そしてオレの要求を少しずつけずってマル裸にし、ときにはたった一つの文字を書き直すためにインギン鄭重な使者をさしむける。人間の心をドン底からむしばむ流儀だ。そのために何年かかり何憶両かかってもいいのだな。最後に利息づきでもうかることを計算しての上のことだ。

 ・・・・・・兵隊や血刀を本当にさしむけてみたって人の肉を切るだけのことだ。明国の流儀は人の心の奥のまた奥のドン底からむしばみよる。 実にもうインギン鄭重に、人を神様扱いにしてバカにしよる。何十年、何憶両かけ、五万十万の自分の兵隊を飢え死にさせてもそれを平然とシンネリムッツリやりとげなければやまないのだ。オレが、三十年我慢するなら明のほうでは三十一年かける気だ。オレが百年我慢するなら百一年かける気だ。あげくにどうしてもオレの心をむしばむという音も声も風も波もなにもない流儀だ。 

 ・・・・・・

 明国の奴らは実にもうたっぷり三年もかけて、恭しく一文字をなおしにきたりして、とうとうオレの要求をマル裸にしてしまった。小西からははじめからマル裸になれ、その方が浪費もなく諸人を疲弊せしめて怨みをかうことも少なく賢明だということを三成を通じてしきりに言ってよこしたが、オレはそれをきかなかった。明の流儀に乗せられて、表向き神様扱いされるのが、妙にうれしいようなところがあったせいだ。人を本当にうれしがらせてマル裸にするという傾城の手が明国の流儀であった。オレはうまうま傾城にもてあそばれて、うれしがっておった。・・・・・

 結局最後にきまった媾和条約というものはオレから明国に使者をだして(この使者には内藤如安をやった)どうかオレを明国の家来にしてくださいとたのませ、明国からはよろしいその願いをききとどけたと言って、そのホービに貿易を許してやるぞ、ということになる一条だけ。ほかに何もないマル裸だ。オレは心の底の底までむしばまれて、疲れに疲れ、マル裸にされたとわかっても、とにかく話がついたというわけで、オレをしてみればただホッとしただけというような精根つきはてた感じであった。


 ≪後略≫


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